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福岡地方裁判所小倉支部 昭和24年(ヨ)64号 決定

申請人

永田製作所従業員組合

右代表者

組合長

被申請人

株式会社永田製作所

"

主文

本件仮処分の申請は却下する。

申請の趣旨

申請人より被申請人に対する労働協約有効確認事件の本案判決確定に至る迄仮に申請人と被申請人間に昭和二十三年十一月二十四日締結せられた労働協約はなほ有効に存続するものとするとの仮処分命令を求める。

申請の理由(組合の主張)

被申請人(以下会社と略称)は鉱山用機械の設計、製作、据付等を業とする株式会社であつて申請人(以下組合と略称)は右会社に雇傭せらるる従業員を以て組織する労働組合である。右組合は会社との間に昭和二十三年十一月二十四日労働協約を締結したが同協約の第二十九条には「此の協約の有効期間は昭和二十三年十一月二十四日より向ふ六ケ月間とす」と定めてあり、更に同第三十条第一項には「此の協約は期限に至り双方より変更又は終止の意思表示がない時は自動的に六ケ月宛継続する」と規定せられている。然るに会社は期間満了たる昭和二十四年五月二十一日組合に対し書面を以て「右協約は期間満了の昭和二十四年五月二十三日を以て終止致度」と言う申入を為し、同月二十五日会社作成の新協約案を組合に提示し來つたが、組合は即日之を拒否し、翌二十六日右協約案を記載した書面を会社側に突戻した。其際協約の失効を主張する会社側と協約の更新された事を主張する組合側との間に相当活発なる論議が展開された結果、会社側は其の有効に存続する事を認め、協約終止の申入を撤回し、協約が有効に存続する事を自認した。仮りに右撤回及自認の事実が認められないとしても協約第三十条第一項には「右協約は期限に至り双方より変更又は終止の意思表示がない時は自動的に六ケ月宛継続する」と定められて居る。従つて此の協約は期限に至り会社及組合の双方が共に変更又は、終止の意思表示をしない限り(即ち何れか一方のみの終止又は変更の意思表示があつたのみでは)期間満了に因り消滅する事なく、自動的に六ケ月宛継続する趣旨だと解すべきである。故に既に組合が終止又は変更に反対の意思表示をしている以上此の協約は期間満了に依り終止とならず、期限満了の日たる昭和二十四年五月二十三日の翌日より六ケ月間自動的に延長されているものである。仮に然らずとするも協約第三十条第二項には「此の協約は期限に至つて変更又は終止の意思表示が為されても新協約が成立する迄は有効である」と定められているが新協約は未だ成立するに至らないので従来の協約の効力はなほ存続すると述べ、なほ五月二十一日組合が協約改訂案を会社側に提示し協約改訂の申入をした事はあるが之は協約の一部「改訂」案に過ぎないのであつて、協約を「変更」する案ではないからたとえ組合が会社に対し協約改訂を申入れて之に依つて、協約第三十条第一項の「此の協約は双方より変更又は終止の意思表示がないときは自動的に六ケ月宛継続する」との条項に該当せず、従つてたとえ会社のみが協約終止の意思表示をしても右の通り組合側が協約「変更」の申入をしたとは見る事が出来ないから、協約の効力は六ケ月間延長されたものと言はなければならない。又五月二十三日組合側が会社に対し十日間の協約存続期間の延長の申入を為し其後も同様の申入を為したとの会社側の答弁事実は否認する。

又会社が六月二十二日組合長宛発送したと称する書留内容証明郵便は組合は未だ受領していないから知らない。

と述べた。(疎明省略)

なほ当裁判所は組合の代表者たる組合長稻数正人を審訊した外同時に組合の書記長永山勇、組合の執行委員市倉鶴喜、同村野治敏同茂地一利より本件に関する事情を聴取した。

会社側の答弁

会社が組合との間に昭和二十三年十一月二十四日労働協約を締結した事、右協約第二十九条及第三十条の文言が組合側の主張する通りである事(但し趣旨は之を争う)会社が組合に対し昭和二十四年五月二十一日書面を以て協約終止の申入を為したところ同日組合より協約改訂案の提出あり、会社を之を拒否して同月二十五日会社側作成の新協約案を組合に交付した事、組合は五月二十五日に至り、会社の新協約を拒否する意思表示を為し翌二十六日此の協約案を記載した書面を会社側に突き戻して来た事其際協約の消滅を主張する会社側と協約の更新を主張する組合側との間に活発な論議が交はされた事は何れも之を認めるが会社が協約終止の申入を撤回し、又は協約の存続を自認した事実はない。会社は同月二十一日前記の通り書面を以て協約終止の申入を為した外其以後会社側の藤井社長森総務部長村田勤労課長等を通じ組合幹部に会ふ度毎に口頭を以て協約終止の意思表示を為して今日に至つている。例えば五月二十五日村田勤労課長を通じて、会社作成の新協約案を記載した書面を稻数組合長に手交した際、同課長を通じて重ねて協約終止の意思表示を明にて、又組合長外二名の組合幹部等が五月二十六日会社側の新協約案記載の書面を突き返して来た際にも社長と共に森総務部長より同様の申出を為して居り更に六月二十二日には、書留内容証明郵便を以て協約は五月二十一日の協約終止申入書に依つて消滅したのであつて、自動延長されているものではない。仮りに協約第三十条第二項に依り協約の効力が存続しているとしても会社は、改正労働組合法第十五条第二項により旧協約に対し反対の意思を表示し、且現在無協約時代にある事を明確にする旨の書面を組合長に宛て発送し、此の書面は相手方に到達している故に旧協約は既に消滅していると述べ、

なほ会社側は本年五月二十三日稻敷組合長、市倉執行委員、大谷交渉委員の三名を通じ社長及森総務部長に対し、五月二十一日附で会社が為した協約終止の申入及同日組合より会社に提出した協約改訂案の双方の撤回方申入れたので会社は、之を拒否したところ右三名は右の撤回申出を撤回し組合長より旧協約の効力を六月二日迄十日間延期し、其の間に新協約に付き交渉し度き旨申入れを為したか其後も六月四日組合側は大谷交渉委員、茂地副組合長を通じ前記会社の協約終止申入及組合の協約改訂案の撤回方を申入れて来たが会社は、以上の協約終止申入の撤回は之を拒否し、新協約に付て協議する事は之を承諾した併し未だ新協約は成立するに至つていないと附陳した。(疎明省略)

当裁判所は会社代表者藤井勉を審訊し、なお同時に会社の総務部長森撤夫、勤務課長村田鶴夫等により本件に関する事情を聴取した。

理由

会社と組合との間に締結された労働協約の第二十九条には「此の協約の有効期間は昭和二十三年十一月二十四日より向う六ケ月間とする」と定めて居り更に第三十条には「此の協約は期限に至り双方より変更又は終止の意思表示がないときは、自動的に六ケ月宛継続する。尚期限に至つて変更又は終止の意思表示がなされても新協約が成立する迄は有効である」と定めている事及会社が昭和二十四年五月二十一日書面を以て組合に対し「右協約は期間満了の昭和二十四年五月二十三日を以て終止致し度」と言う申入れをした事之に対し組合が反対の申入をした事は当事者間に争がない。

組合側は此の協約を終止せしめるには会社と組合の双方より協約を終止する意思表示を為す事が必要だと主張するけれども前記協約第三十条第一項に明白に「双方より」「変更又は終止の意思表示がない時は」自動的に六ケ月宛継続すると記載してある。従つて此の協約が更に六ケ月延長される為には会社からも組合からも「終止の意思表示が為されなかつた事」を要件としている事極めて明瞭である。換言すれば双方共協約更新に異議なき場合にはじめて自動的に六ケ月間延長される旨を定めているのである。従つて一方より終止の意思表示があれば、協約は更新されない趣旨である事疑う余地がない。然るに会社側よりは期間満了前に此の協約を終止せしめる意思表示をしたのであるから自動延長乃至更新は出来なくなり此の協約は同条第二項に依り単に新協約成立迄暫定的に効力を存続する事となつたに過ぎない。此の点に関し組合側は会社は一旦協約終止の意思表示を為した後之を撤回し協約の効力存続を自認したと主張するけれども、成立に争なき疎乙第三、四号証当裁判所に於ける当事者双方審訊の結果を綜合すると右のような徹回及自認の事実は到底之を認める事が出来ないのみならず、却つてその反対の事実が認められる。

斯様に本件労働協約は昭和二十四年五月二十四日以降は単に新協約成立する迄の間暫定的に効力を有するに過ぎない事となつたのであるが、改正労働組合法第十五条第二項によれば「労働協約は其の中に規定された期限が到来した時以後に於て其の当時者の何れか一方の表示した意思に反して、なお有効に存続する事が出来ない」と規定して居り、此の規定は、後に詳論する通り同改正法施行前に於て、期間満了し自動的延長の協約条項に依つて新協約成立迄暫定的効力を保有せしめられている協約が同改正法施行後なお新協約成立するに至らない為に存続している場合にも適用さるべきものであるから、右協約は会社が改正法第十五条第二項に基いて、改正法施行後たる昭和二十四年六月二十二日内容証明郵便(疎乙第四号証)を以て為した協約存続反対の意思表示に依つて、既に消滅に帰したものと言わなければならない。

一体労働協約は其時々の事情に応じて、当事者の合意により適切に定められなければ本来労使の紛争防止に役立つべき筈の協約が却て不必要な磨擦を惹起する結果となる。然るに自動延長規定に依つて、労働協約の効力が新協約成立迄延長される事になると労使何れの側にせよ一旦有利な協約を獲得した当事者の一方は、新協約の締結に容易に同調せず唯頑張つて居りさえすれば何時迄も従来の協約の効力を存続せしめる事が出来る結果となり、本来其の時々の事情に適合して定めらるべき協約は固定し他方の当事者は従来の協約に不満であり、其の改訂を欲しているに拘らず其の意思に反した協約が何時迄も行われる結果となり、労使間に不必要な磨擦を招来し本来無協約状態の出現防止の目的の為に定められた自動延長的規約が其の目的を逸脱した不合理な結果を惹起するに至る。此の事は旧労働組合法下に於て屡々経験された事実であつた為改正労働組合法は斯様な不合理な状態を是正する為自動延長的規定に依つて、労働協約の効力が新協約成立迄延長されている場合に於ては当事者の一方は、協約の期限到来後に延長反対の意思表示をする事に依つて其の協約の効力を失わしめ得る事とし、之に依つて前記の如き不合理を除き労使双方をして納得の行く迄交渉せしめ双方の合意に基いて新に協約を締結せしめんとしたのである(労働省労政局長賀來才二郞著、改正労働組合法の詳解一五七頁以下参照)。

而して右のような立法の精神から言うならば、同条第二項は同条施行前の協約の期間満了し自動延長規定に依つて同条施行後も新協約成立迄暫定的に効力を保有せしめられている協約に対しても適用せらるべきは当然であつて、此の場合と同条施行後に協約期間が満了した場合とによつて適用を異にすべき何等の合理的理由もない。

又之は決して改正労働法の規定を遡及せしめる事にはならない。何故ならば改正法第十五条第二項が適用の対象としているのは同前記同条の立法趣旨から言つても「自動延長的規定に依つて、新協約成立迄暫定的効力を保有せしめられている協約の総て」であつて同条項は其の様な暫定的効力ある協約を生ずるに至つた日時が同法施行前であるか後であるかに重点を置いているのではない、その日時の如何は問題にしていない。従つて本件の協約に対し同条第二項を適用してもそれは同条施行後に於て其の適用を受くべき適格を備えて現に存在する協約に対し之を適用するに過ぎないので遡及的に之を適用すると言う事にはならないのである。

以上の通りであつて申請人の本件仮処分申請は之を認容する事が出来ないから之を却下する。

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